大阪大学大学院基礎工学研究科 身体運動制御学グループ 西川研究室

研究紹介

筋シナジー仮説および平衡点仮説に基づくヒト走行運動の解析

冗長自由度を有するヒトの身体を中枢神経系がどのように制御しているのかという問題は、ベルンシュタイン問題として知られており、運動制御における古典的な未解決問題となっています。ヒトの運動制御を明らかにするうえで考慮すべき点として1.中枢神経系(脳と脊髄)はどのような変数を操作しているのか、2.それらの変数はどのように符号化され保持されているのかという2点が考えられます。

本研究では、1 中枢神経系は平衡点とインピーダンスを操作し(平衡点仮説)、2 これら平衡点とインピーダンスは筋シナジーにより符号化され保持されている(筋シナジー仮説)という仮説の下、ヒトの歩行、走行運動を解析しています。平衡点仮説は求心性回路を切断されたサルのリーチング実験により提唱されました。運動を行う際に平衡点の時系列データ(仮想軌道と呼ばれる)を計画し、それに追従するように四肢を制御しているのではないかという仮説です。筋シナジー仮説とは中枢神経系は個々の筋に別々に指令を送るのではなく、複数の筋肉から構成される筋群に対して指令を送っているのではないかという仮説です。筋シナジーは運動指令の機能的単位であり、制御自由度の数を減らす次元圧縮に貢献します。そのため多くの神経科学者が筋電位(EMG)から筋シナジーを抽出することで、ベルンシュタイン問題の解決を試みています。

我々はEMGを平衡点と剛性の情報に分離するために筋拮抗比(A-A ratio)と筋拮抗和(A-A sum)という概念を提案し、筋骨格系の拮抗筋対の協調性を解析してきました。ここで筋拮抗比は拮抗筋対への運動コマンドの和に対する主導筋への運動コマンドの比として、筋拮抗和は拮抗筋対への運動コマンドの和として定義されます。そして、前者は平衡点の制御に、後者は剛性の制御に寄与することが生体筋とよく似た特性を持つ人工筋のモデルにおいて理論的および実験的に実証されています。EMGをこれらの変量に変換することでEMGから平衡点と剛性の情報を分離して抽出できることが期待されます。

片麻痺歩行を再現するスタントロボット
ペダリングの再現を通した運動制御の理解

ヒトはどのように複雑な構造の体を制御しているのか?
ヒトはどのような情報に基づき運動の指令を出しているのか?
これらの疑問に答えるために、ヒトの運動制御の解析と、その結果を用いた筋骨格ロボットの制御を行っています。

(1)ロボティクスの知見を活かしたヒトの運動制御の解析

筋骨格の複雑さに起因する自由度の多さを、中枢神経系はどのように解決し、運動の制御を行っているのかという問題は、ニューロサイエンスの分野で議論されてきました。筋活動に注目した研究によって、中枢神経系は、筋を機能に応じて分類したグループに指令を送ることで、複雑さを回避していることが明らかになりました。しかし、筋の各グループは送られた指令によりどのような動きをするのか?筋のグループにはどのような情報に基づいた指令が送られているのか?という疑問には明確な答えがありませんでした。そこで、我々は、ロボティクスの知見から、ヒトの筋骨格モデルを用いて、筋のグループの機能(シナジー)を明確化した解析方法を考案しました。明確化する過程で、関節周りで拮抗する筋のペアの働きに注目し、筋活動から関節角の釣り合いの位置(平衡点)と動きにくさ(メカニカルインピーダンス)を表す情報を取り出し、それらに基づいて筋のグループの機能(シナジー)を整理しました。この方法を用いることで、ペダリングや歩行の筋活動の解析から、平衡点とメカニカルインピーダンスの情報に基づいて記述された、動きを具体的に表すシナジーを結果として得ることができました。

(2)ヒトを模した筋骨格ロボットを用いた再現実験

解析によって得られた結果を検証するために、ヒトの筋骨格を模倣したロボットを開発し、解析結果に基づき制御しました。筋骨格ロボットはヒトと同じ大きさ、質量バランスになるよう調整してあり、アクチュエータは生体筋と似た特徴を持つ空気圧人工筋をヒトの筋と同じ配置で備えています。解析で得られたシナジーを用いて筋骨格ロボット制御したところ、当該のペダリングや歩行を再現することができました。この再現結果は、我々の解析手法の信憑性と、解析結果が妥当であることを示唆するものです。

機能的電気刺激を用いた関節インピーダンス変調によるヒト立位バランス制御への影響

近年、ヒトの運動制御の一仮説として、Dynamic primitivesと呼ばれる概念が提案されています[1]。本仮説によると、ヒトの運動はDiscrete、Rhythmic、Impedanceの3つの要素で構成されるとされています。この中で、Discrete要素は離散的な運動、Rhythmic要素は周期的な運動を意味しており、この2つの要素の組み合わせによって、ヒトは運動の仮想軌道を生成します。3つ目の要素であるImpedance要素は、仮想軌道へ実状態を牽引する役割を担い、外乱に対する安定性に寄与します。本研究では、上記の仮説をもとに、機能的電気刺激によるImpedance要素への介入が立位バランス能力に及ぼす影響を調査しています。機能的電気刺激とは、外部装置からの電気刺激により末梢神経を興奮させることで、その神経が支配する筋の筋収縮を得るという手法です。伸筋と屈筋の両方を同時に刺激することで、平衡位置を保持しながら関節インピーダンス変調を行います。電気刺激による介入によって、静止立位姿勢におけるバランス制御および摂動に対する安定性がどのように変化するかを実験により調査しています。

[1] N. Hogan and D. Sternad, “Dynamic primitives of motor behavior”, Biol. Cybern., vol. 106, no. 11-12, pp. 727-739, 2012.

表面筋電図および機能的電気刺激を用いた新しいバイオフィードバックシステムの研究

2020年9月現在、脳卒中理学療法における「バイオフィードバック療法」は、国内ガイドラインで推奨グレードA、エビデンスレベル1に位置付けられており、臨床で行うことが強く勧められています 。海外のAmerican Heart Association/American Stroke Associationガイドラインにおいては、2016年時点でエビデンスレベルB、推奨グレードⅡbであり、徐々に推奨度が高くなってきています。バイオフィードバックには筋電図(EMG)を視覚的・聴覚的にフィードバックする筋電図バイオフィードバック(EMG-BFB)や、機能的電気刺激(FES)をバイオフィードバックとして利用するもの等があり、個々で有効性が示されています。しかし、それぞれの技術には以下のような課題が残されています.

    ・EMG-BFBの課題:現在臨床で用いられているEMG-BFBは、筋単体のEMGを図やグラフ、あるいは音に変換し患者に伝えるものである。取得されたEMGを患者が理解できる「意味ある情報」、すなわちEMGから予測される運動に変換したフィードバックはできない。そのため、患者自身が、フィードバックされるEMGをどのように変化させれば目標としている運動を実現できるのかを学習できるEMG-BFBを実現する必要がある。

    ・FESの課題:筋を協調的に刺激することが重要であり、目標とする運動を実現できる筋活動を電気刺激により励起されることが望ましい。歩行のパターンに合わせてスイッチで歩行動作に関与する複数筋の協調的電気刺激を行う手法などで治療エビデンスが示されているが、多チャンネルのFESを用いて指定した運動を実現するFESバイオフィードバックは未だ存在しない。

本研究では、上記の課題を解決し、さらにEMG-BFB、FESによるバイオフィードバックを結合して、それぞれの利点を最大限引き出せるシステムを提案することを目的としています。

※本研究は「未来研究ラボシステム」のテーマです。
未来研究ラボシステム ラボ紹介

機能的電気刺激を用いたヒト上肢運動のモデリング

末梢の筋を直接電気刺激することで筋活動を誘発し、患者が抱える問題を解決する機能的電気刺激(FES:Functional Electrical Stimulation)は重度の麻痺に対しても、適用可能な手法として注目されています。

このFESコントローラに組み込む、ヒト本来の運動を基にしたモデルを明確にすることを目的とし、拮抗駆動系の平衡点と剛性が中枢神経系によって制御されているとする平衡点仮説に基づいたモデル(平衡点制御モデル) を提案しています。

これまで、筋電図(EMG) を用いたヒトの運動制御戦略の解析により、筋骨格系を構成する拮抗筋ペアの筋電位の比で表された筋拮抗比と和で表された筋拮抗和が、平衡点に相当する関節角度と関節剛性と密接な関係があると報告されています。

これらの概念をFES制御に応用し、平衡点と剛性を分離して平衡点を一意に決定することで、ヒトの関節運動を線形近似しモデル化することができると考え、拮抗駆動系の代表例としてヒトの肘関節をとりあげ、提案する方法を用いてそのモデル化を試みました。

まず、手先変位を拘束した拘束環境下における周波数特性解析を用いたモデル化実験で、水平面内における肘関節運動が2次遅れ系+ムダ時間のカスケード結合モデルで説明できることがわかり、そのモデルを神経筋系モデルとしました。次に手先変位が可能な状態にした非拘束環境下において、肘関節運動を神経筋系+筋骨格系の直列結合モデルで説明できると考え、周波数特性解析を用いた筋骨格系モデルの特定を行いました。特定した筋骨格系モデルと、先に特定した神経筋系モデルを結合した結果と、肘関節運動全体の系の周波数特性を比較し、提案したモデルが妥当であることを確認しました。

以上からヒト肘関節運動の平衡点制御モデルを特定することができ、FES によるヒトの運動制御の実現への手がかりとすることができました。

機能的電気刺激を用いたヒト手指の巧緻制御

不慮の事故や脳卒中など、何らかの原因で中枢神経系が障害されると、生体機能が部分的に失われることがあります。これを補完する目的で、体外から加える電気刺激を機能的電気刺激(functional electrical stimulation: FES)と呼びます。脳などの中枢神経系が発する運動指令を電気刺激で置き換えることで筋を収縮させる電気刺激療法です。近年FESは、リハビリテーションの目的に加え、ヒトが本来不可能な運動を可能にする運動拡張(例えば瞬発力を補完する)や他者に運動を伝達することでより効果的な運動学習が期待されるなど、新たな段階へ研究が広がりつつあります。その中で私たちは、手指に着目して、表面電極型のFESを用いた巧緻動作の制御を目指しています。手指は、ヒトが周囲の環境に働きかけるときと、周囲から情報を得るときの双方で重要な役割を果たし、またヒトらしさを特徴づける点で重要な身体部位であると言えます。ヒトは手指の運動に関わる多くの筋を協調的に収縮させることで巧みな運動を実現していますが、それを電気刺激によって制御することは困難です。そこで私たちの研究グループではヒトの運動制御戦略に基づく筋の協調(筋シナジー)に着目した電気刺激による制御モデルを提案しています。ヒトが制御している運動要素を、関節の「平衡点」と「メカニカルインピーダンス(剛性や粘弾性)」として着目し、それぞれに働きかける電気刺激パラメータを電気的筋拮抗比(EAA ratio)、電気的筋拮抗和(EAA sum)と提案しています。これにより、ヒトの手指運動をよりシンプルに表すモデルの構築を行っています。

機能的電気刺激によるヒト手指の剛性制御に関する研究

機能的電気刺激(Functional Electrical Stimulation、FES)を利用して手指に関する剛性のモデルを明らかにすること、噛み締め動作をトリガーとした手指の剛性を制御する2つの研究を行っています。双方の研究の軸としてFESという技術があります。FESとは外部から筋に対して電気刺激を加え筋収縮を誘発させ目的の運動を獲得する技術であり、リハビリ分野や運動機能の拡張、機能代償といった幅広い分野で研究されている技術です。

研究テーマ1
「平衡点仮説に基づく機能的電気刺激によるヒト手指の筋骨格系のモデリング」

このテーマではFESによる手指の運動再建に着目し、手指の正確な動作を再現するための制御モデルを確立することを目的としています。他方、ヒト肘関節においてヒト運動制御則(平衡点仮説)に基づいた制御モデルが提案されています。当該モデルは入力を電気刺激とし出力を力とした神経筋系と、入力を力とし出力を角度とした筋骨格系をカスケード結合したモデルです。我々は当該モデルをヒト手指に応用することで制御モデルを確立できると考え、これまでヒト中手指節(MP)関節の神経筋系モデルを導出し、本テーマでは筋骨格系のモデルを導出しました。

研究テーマ2
「機能的電気刺激における噛み締め動作を利用した制御入力機器の提案 」

このテーマではFESシステムの入力装置に着目し、新たな入力装置として噛み締め動作を利用した入力装置の提案を目的としています。FESの入力装置として呼吸や音声、肩の上下運動、筋電信号を利用した制御入力装置などがあります。使用者が入力に必要な運動を意識せずに動作を実現するためには、目的の運動に関連した生体情報を利用した入力装置が必要となります。本研究では目的の運動を把持動作として、それに関連した生体情報として噛み締めの発揮度合いを利用しています。

耳装着型ウェアラブルデバイスを用いた非口腔挿入型咬合力計の開発

耳装着型ウェアラブルデバイス“earable”に関する安田女子大学谷口和弘教授との共同研究の一環として、イヤホン型咬合力推定装置開発に向けた外耳道(耳の中)の動き・表面咬筋電位・咬合力の同時計測とその分析を行っています。

外耳道の動きを計測するために私たちが研究開発したイヤホン型センサ(ear sensor)を使用して、咀嚼筋や顎関節の動きを電極パッドなどで邪魔することなく、口に食べ物を含んでいても使用できる咬合力計測装置の開発を目指しています。

咬合力計開発の基礎研究として、複数の実験対象者から「外耳道の動き(ear sensor値)」と「咬筋の表面筋電位(EMG)」、そして「咬合力」の同時計測を行い、その結果からear sensor値と咬合力のピアソンの積率相関係数と、EMGの影響を取り除いたear sensor値と咬合力の偏相関係数を求めました。また、実験対象者ごとに相関係数および偏相関係数の平均値を求め、さらにそれらの平均値の絶対値を求めました。絶対値の結果から、すべての実験対象者において強い相関関係が確認されました。

その後、実験対象者ごとに計測したデータを用いて単回帰分析することで咬合力の推定を行い、提案手法を交差検証法により評価しました。

将来的には、提案推定手法のロバスト性向上を経てear sensor値から咬合力を推定する装置の実現を目指しています。