この授業に必要な事前知識

Last modified: Wed Apr 9 2025

このページには，「情報科学演習」を受講するにあたって事前に理解しておいてもらいたいことを書く．
必ず一通り目を通すこと．

コメントや質問を歓迎する!

■なぜプログラミングか

近年は，様々な汎用のソフトウェアが出回っているが，研究や開発という目的のためには，既存のソフトウェアでは解決できないことがまだまだある．そのような場合，プログラムの全部や一部を自分で作らなければならない．
ただし，既存のソフトウェアも「使える」ものが増えており，昔に比べるとプログラミングの重要度は下がっている．
しかし，それでも，プログラミングを学ぶことには大きな意味がある．
- コンピュータの原理や基本概念を知るため．
  コンピュータを使いこなすためや，人にプログラムの作成を依頼するには自分にプログラムの経験が必要．
- 問題分析，問題解決，論理的思考の訓練の場として．
  与えられた問題を解決するために，問題を分析し，小さな問題に分割し，どのような手順で処理を行なうかを明確にできる．また，それを具体化することができる．コンピュータに留まらない，重要な能力である．
- アプリケーションは必要に迫られれば自分で勉強できるが，プログラミングは演習のような形で学ぶ方が適している．

■なぜC言語か

コンピュータを学ぶという目的では，プログラミング言語は何でもよいと考えている．とにかく，1つの言語がそれなりに使えるようになって，自分の考えたことがプログラムとして表現できるようになることが重要．
たとえで言えば，教養として日本語以外の言語や文化を学ぶ機会としての外国語学習であれば，学ぶ言語は英語でも，中国語でも，ドイツ語でも，フランス語でも何でもいいというのと似ている．もちろん，特定の目的や実用度としては違いがある．
ということで，機械科学コースで学ぶプログラミング言語はCならばCで統一したいところであるが，機械の分野ではFORTRANにも根強い需要があり，IVセメスターではFORTRANの演習がある．
さて，以上を踏まえた上で，なぜC言語かというと，以下のような理由による．
- 世の中で多く使われている．
- 言語仕様が簡素である．
- コンピュータの処理の裸の姿(機械語)に近い．コンピュータがプログラムをどのように処理するか把握しやすい．

■プログラムの書き方

プログラムはコンピュータのための指令書，手順書であるが，一方で，それは人間が読む「文書」でもある．
コンピュータは，プログラムに注釈がなくても，字下げや空白がなくても，同じように処理する．
しかし，人間にとっての「読みやすさ」を向上するには，「工夫」や「心配り」が必要である．プログラムそのものが，授業や実験の提出レポートの文書と同じであると考えて欲しい．
プログラムは，書いた人の考えを表現したものである．その考えを適切に伝え，誤解を招かないようにする必要がある．
この授業では，たとえ処理の手順としてのプログラムがきちんとできていても，「文書」として不適切であれば，合格にしない．
「字下げ」(インデント)には様々な流儀や好みがある．大切なのは，プログラムの中で統一されていること(例えば，字下げの1段階の文字数，波括弧を置く場所など)．特にコダワリがなければ，例題プログラムのスタイルに従って欲しい．

■生の定数値を埋め込まない

「文書」としてのプログラムを書くには，プログラム中に生の定数値を埋め込むことは極力避ける．
生の数値は，それを見ただけでは，意味がわからない．

#defineを使って，定数に名前を付ける．例えば，

      #define IMAX 1000
      #define THRESHOLD 1.234

C言語の習慣として，#defineで定義する定数は全て大文字か，先頭を大文字にする．一方，通常の変数は，原則として大文字で始めない．

■注釈をどう書くか

「文書」としてのプログラムを書くには，注釈も重要である．
注釈は多い方がいいが，多すぎても意味がない．例えば，次の注釈は無用である．
```
      x = 123; /* 変数xに123を代入 */
      
```
注釈は，プログラムの本文だけでは考えが伝わりにくい場合に使う．
もっとも悲惨なのは，プログラムの処理内容と注釈が食い違っていること．
プログラムファイルの最初には必ず注釈を入れる．
これは重要である．作者，処理の概要，変更の履歴などを書く．この授業では，ファイル先頭の注釈の書式が決まっているので，必ずそれに従うこと．
関数の定義部分の前には，必ずその関数を説明する注釈を入れる．
最低限，関数の処理の概要と，引数と戻り値の説明が必要．

条件分岐の部分でも，注釈が重要．入れる位置を工夫する．

      if ( fabs(x) < EPS ) {
          /* xが非常に小さいと見なす場合 */
          y = x;
      } else {
          /* xが通常の大きさの場合 */
          y = sin(x);
      }

複数行に渡る注釈は，どこからどこまでが注釈かわかりにくい．例えば，

      /* 注釈
         ここも注釈
         まだまだ続く
         まだ続く
         やっと終り */

注釈の範囲を明示するために，多少面倒でも次のように書くことを勧める．

      /*
       * 注釈
       * ここも注釈
       * まだまだ続く
       * まだ続く
       * やっと終り
       */

プログラムの一部を無効にするためにも注釈を使う．
プログラムの一部を無効にしたり，切り換えたりするには，プリプロセッサの機能を使うと便利なことが多い．
- #if ～ #endif を使うと，#ifの後の値を書き換えるだけで，挟まれた区間の有効/無効を切り換えることができる．
```
      #if 0
        x = 123;
	y = 456;
      #endif	    
      
```
- #ifdef ～ #endif を使うと，あるシンボルを#defineしているかどうかで囲まれた区間の有効/無効を切り換えることができる．これによって複数の区間の連動切り換えが可能．
```
      #ifdef HOGE
        x = 123;
	y = 456;
      #endif	    
      
```
- #if ～ #else ～ #endif, #ifdef ～ #else ～ #endif を使うと， 2つの区間を切り換えて使うことができる．プログラムの一部を一時的に変更して試すときに便利．何と何を切り換えるかを明示できるという利点もある．
```
      #if 1
        y = x*x;
      #else	    
	y = pow(x, 2);
      #endif	    
      
```
なお，C言語の注釈は「/* */で囲まれた部分」であるが，センターのCコンパイラではC++言語の注釈の機能「//からその行末まで」も使うことができる．

■関数

この授業が終る頃になっても「関数がわからない」という人がいる．困ったことである．
関数は，Cのプログラムを部品化するための単位である．
処理したい内容をいくつかに分解することで，見通しよく処理を行なうことができる．
また，うまく分解することで，その一部を他のプログラムで再利用することができる．
見通しよい処理や再利用を可能にするためのポイントは，関数の入出力関係を明確にすることである．
- 何が入力で，何が出力か?
- 何を与えると，結果として何が得られるか?
その観点からすると，「C言語の関数」は「数学の関数」と同じ．
「引数」が入力．「戻り値」が出力．それが基本．
ただし，入力がない関数や出力がない関数もある．また，出力があっても，使わない場合もある．
引数を出力に使う場合もある．例えば，scanf()がそう．詳しくは「ポインタ」を扱う際に説明する．
非常に汎用性の高い部品は，それを集めてライブラリとして提供される．
C言語では，標準のライブラリ関数は，ANSIという規格で定められている．それ以外にも，様々なライブラリが存在し，自分で作ることもできる．

■ゼロによる割り算

ゼロによる割り算は，やってはいけない!
ゼロによる割り算が行なわれた場合に，プログラムの処理がどうなるかは，処理系によって異なるが，通常，その後の処理は正常ではなくなる．
センターの処理系で整数の場合．ゼロによる割り算を行なったところでプログラムの処理が終了してしまう．
→zerodivi.c
センターの処理系で浮動小数点数の場合．プログラムの処理は終了しないが，計算結果として「Inf」(Infinity)と名付けられた特殊なビット列が代入される．また，0/0の場合は，「NaN」(Not a Number)となる．
→zerodivd.c
計算結果がInfになってしまうと，その後の計算は正常には行なえない．
→inf.c

■数学関数で引数が不適切な場合

標準数学ライブラリ関数で，数学的に不適切な引数を与えられた場合にどうなるか知っておこう．
→xmath.c
例題プログラムに載っていない数学関数についても試してみよう．

■無駄な処理はしない

コンピュータはバカ正直である．
人間が無駄な指示をすれば，その通り実行してしまう．
無駄な処理の典型は，繰り返し処理の中で途中で変化しない値を毎回毎回計算することである．
コンピュータは気が利かないので，前に計算した値を覚えておくというようなことをしてくれない(少なくともC言語では)．
つまり，人間が無駄の少ない手順を指示してやる必要がある．
手順の違いによる，コンピュータの処理量の違いを「プロセッサ時間」で具体的に評価してみよう．「数学」の式として，
```
      y = x + sin(1)
      
```
が与えられているとする．多数のxの値に対して，対応するyの値を求める必要がある場合，プログラムとしてどのように表現すればいいか?
→clock.c
この問題を理解するにあたって， sin()には大量の計算が必要であることを知っておかなければならない．
- コンピュータにできる計算は基本的に加減乗除だけである．
- 三角関数のような関数は，級数近似(=多数の加減乗除の組合わせ) で計算している．
この例は非常に単純化しているために，片方が愚かなことがはっきりわかるが，この手の間違いはしがちである．
この授業の課題程度であれば，違いは0.1秒と1.0秒かもしれない．しかし，「無駄な計算をしない」という心配りや知識を身につけておかないと，将来，1時間で済む計算に10時間をかけることになるかもしれない．

■C言語でxのy乗を計算する場合

C言語では，累乗を計算する演算子は用意されていない!
標準ライブラリ関数には，累乗を計算するpow(x,y)が含まれているが，これは，yが整数の場合(xをy回掛け合わせる)だけでなく， yが実数の場合の計算にも対応している．
つまり，ライブラリ関数pow()は，汎用性は高いが， 2乗や3乗を計算するために使うには，余計な処理をたくさんしており，無駄が多い．
それを「プロセッサ時間」で実際に比較評価してみよう．
→pow.c
2乗を3乗,4乗,…,10乗に変えたら結果はどのように変るだろうか?
結論: 整数乗(少なくとも2乗や3乗)のためにpow()は使うべきではない．

■整数どうしの割り算

整数/整数は整数である!
特に，整数/整数の結果を浮動小数点数に変換する場合に注意が必要である．
次のプログラムは，結果を予想してから実行すること!
→intdiv.c

■浮動小数点に対する==

2つの浮動小数点数が等しいかどうかを「==」で判別してはいけない．
なぜならば，浮動小数点数は近似値であり，計算の過程で誤差が含まれるからである．
具体例を示す．0.01+0.01+0.01+0.01+0.01+0.01+0.01+0.01+0.01+0.01 と 0.01*10 の比較．
→dequal.c

■doubleからintへの変換

double型をint型の変数へ代入すると，特に指定しなくても，暗黙のうちに型変換が行なわれる．
ただし，どのような規則で変換されるか，よく理解しておく必要がある．
以下にそれを図で示す．
double型からint型へを実際に試すプログラムを以下に示す．
→d2i.c
このプログラムには4つの変換が含まれているが，残りの3つについて，上のようなグラフを描いてみよう．

■数学の「場合分け」と条件分岐の違い

数学の「場合分け」とCのプログラムの条件分岐とはちょっと違う．
通常，数学の場合分けは，各場合の条件は1つだけを取り出しても完結するように表現する．
一方，プログラムでは，処理の順番が必ずあるので，それに応じた条件を設定すればよい．
コンピュータにとって，条件分岐も立派な処理である．判断の数が多いほどプロセッサ時間を消耗する．
また，条件分岐が複雑になるほど，間違いも混入しやすい．
したがって，条件分岐はできるだけ簡潔になるようにすべきである．
さて，以下の数学的な場合分けによって表現された関数を， Cの関数に仕立ててみよう．

以下のような3種類の手順を考える．いずれも関数としての入出力に違いはない．

手順 1: 良くない例その1

int
f( int x )
{
    int r;

    if ( x < 0 ) {
        r = 0;
    }
    if ( x >= 0 && x <= 100 ) {
        r = 1;
    }
    if ( x > 100 ) {
        r = 2;
    }

    return r;
}

手順 2: 良くない例その2

int
f( int x )
{
    int r;

    if ( x < 0 ) {
        r = 0;
    } else if ( x >= 0 && x <= 100 ) {
        r = 1; }
    } else if ( x > 100 ) {
        r = 2;
    }

    return r;
}

手順 3: 良い例

int
f( int x )
{
    int r;

    if ( x < 0 ) {
        r = 0;
    } else if ( x <= 100 ) {
        r = 1;
    } else {
        r = 2;
    }

    return r;
}

3つの手順の違いは，フローチャートを描いてみるとわかりやすい．

■配列についての注意

配列の要素番号の範囲は，「0」から「要素数-1」まで．
例: a[100]と宣言すれば，使えるのはa[0]～a[99].
配列のアクセス範囲の管理はプログラムを書く人の責任．システムは何も助けてくれない．範囲外にアクセスした場合は，たいてい悲惨なことが起こる．
配列の範囲外アクセスを具体的に調べてみよう．
→array.c
- 範囲をわずかに外れた場合どうなるか?
- 範囲を大きく外れた場合にどうなるか?
配列を関数の引数にする場合:
- 宣言や定義では角括弧付き．例: int f(int x[10]);
- 呼び出すときは配列の変数名だけ．例: int a[10]; … f(a);
配列を関数の引数にする場合，他の変数の場合と違い，関数には値が渡されるのではなく，配列そのものが渡される(正確には「参照渡し」という)．
別の言い方をすると，関数の中で引数に渡した配列の要素を書き換えることができる．

■プログラムの作成手順

何もない状態からいきなりエディタでプログラムを入力し始めるのはやめた方がいい!
まず「ラフスケッチ」から始める．
条件分岐が複雑な場合は，その部分のフローチャートを描いてみる．

「片言プログラム」を書いてみるのもいい．
例．

int
main( void )
{
    準備

    while ( 1 ) {
        xの入力

        if ( x == 0 ) break;
      
        if ( xが小さい ) {
            例外処理
        } else {
            こうやって
            ああやって
        }
        結果の表示
    }

    後始末

    return 0;
}

ある程度大きなプログラムの場合は，処理の部品化を考える．つまり，どのような関数を作るかを考える．関数の中身を作るのは後回し．それぞれの関数でどんな処理して，入力と出力を何にするかを先に決める．
大切なのは，「自分がコンピュータになったつもりで」処理の手順を考えること!